「韓国の国土・地域政策の変化と動向」のその後

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新井 直樹 (奈良県立大学)

2013年7月、本学会の京都大会において2000年以降の「韓国の国土・地域政策の変化と動向」について、1990年代までの日韓の国土・地域政策の類似性を指摘した上で、首都機能移転とグローバル化に対応した取組みの視点から報告した。その後、それら取組みの変化や動向が、韓国にどの様な影響を及ぼしているかについて、現時点で判明した事を述べたい。

まず、わが国よりも深刻な首都圏一極集中是正のための首都機能移転の取組みに関しては、2012年から開始された40の中央行政機関・付属機関の「世宗市」(ソウル南東120km)への移転が2017年1月までに完了した。これと合せて首都圏の175の公共機関が、全国各地の10の「革新都市」に移転、分散した。

その結果、韓国統計庁の人口移動調査によると、2010~2015年の首都圏の転出入人口は、約16万3千人の転出超過となり、首都圏からの人口転出超過は同庁が本格的に人口移動調査を始めた1970年以降、初めてのことだと言う。この理由として、統計庁も「世宗市」や「革新都市」への首都機能の移転によって、人口の地方分散の兆しが見られると言及しており、まだわずかであるもののその効果が見られている。

しかし、一方で「世宗市」への首都機能移転が、大統領府や国会などの主要中央行政機関を伴わない中途半端な移転のため、行政府と立法府が分離され、行政運営が非効率になっているなどの批判や課題も指摘されている。

次に、グローバル化への対応に関しては、朝鮮戦争以来の国難とされる1997年の「IMF危機」と、その後の「第2の建国運動」と称された国家的構造改革を経た、2000年以降の韓国の国土・地域政策においては、同国の国家、企業戦略と同様に、それまでの日本をモデルとした戦略から転換し、よりグローバル化に対応した取組みが推進されている事を指摘した。その代表的、具体的な事例として、国境を超えた対外開放的な「超広域経済圏」構想とともに、地域産業の国際競争力、輸出の拡大、強化を志向した「広域経済圏」構想や、国際空港・港湾に隣接して創設された経済特区「FEZ(経済自由区域)」の取組みなどを紹介した。

しかし、これら韓国のグローバル化に対応した国土・地域政策については、近年の核、ミサイルなど北朝鮮問題を巡る緊迫した朝鮮半島情勢の影響を受け、大きな混乱に見舞われている。

具体的には、韓国国内への高高度防衛ミサイル(THAAD)の配備を巡り、最大の貿易相手国の中国との関係が悪化した、2016年以降から、中国への輸出や観光(訪韓中国人旅行者数)など経済交流が大幅な減少傾向にある。また、北朝鮮との関係悪化に伴い韓国が主導し国境を超えた地域に創設し、南北経済交流事業の象徴であった開城工業団地も閉鎖されるなど、グローバル化に対応した国土・地域政策や、国境を超えた対外開放的な「超広域経済圏」構想が外部環境の変化や、安全保障の問題の影響を受けて大きく揺らいでいる。

さらに、2015年に、財閥・大企業と中小企業の経済格差や世代間格差の是正のみならず、首都圏と地方の地域間格差の是正を公約として大統領となった朴槿恵(パク・クネ)政権が、一連の不祥事によって2017年3月には大統領職を弾劾罷免され、その後の大統領選挙の結果、同年5月には政権交代した文在寅(ムン・ジェイン)政権が発足するなど、近年の韓国の政治経済、社会は内外において大きな混乱に見舞われている。

島国と半島国家と言う地政学的条件、議院内閣制と大統領制と言う政治制度の差異や、首都圏一極集中、貿易依存度の度合いの違いはあるものの、隣接するアジアの先進工業国として日本と韓国の国土・地域構造や、諸課題の類似性は高く、韓国の国土・地域政策の変化と動向は、わが国においても注目されるところである。他方で、韓国の国土・地域政策の変化と動向から得られる知見は、急速な工業化、グローバル化と経済成長に伴い、首都を中心に都市化が進展し、地域間格差など様々な問題が発生する世界の中進国における国土・地域政策のあり方に対しても貴重な示唆を与えるものと思われる。

こうした中、2000年以降の韓国の国土・地域政策の変化と動向のみならず、今後の方向性や展望がどの様に変容し、韓国の国土、地域や政治経済、社会にどの様な影響を与えるかについては、より中長期的な視点で検証していく必要があり、今後も研究課題として注視して行きたい。

なお、本文の詳細に関しては、2018年1月に発行予定の奈良県立大学研究季報「地域創造研究37」第28巻第3号に掲載予定なので、ご興味のある方は、いずれご参照頂ければ幸甚です。

 

 

 

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