地方創生の視点-北風か太陽か-

2016年9月1日

小田切 徳美(明治大学)

 地方創生が3年目に入ろうとしている。

 本学会の関係者には周知のことであろうが、その契機となったのは増田寛也氏を中心とするいわゆる「増田レポート」(日本創生会議・人口減少問題検討分科会レポート、2014年5月)である。それは、しばしば「地方消滅論」と言われている。

 しかし、この地方消滅論については、既に多くの批判があり、その推計やその表現等が決して説得的なものではないことが論じられている。それにもかかわらず、この議論にシンパシーを持つ人々がいる。それは、「消滅」というショックが、危機意識を生み出し、再生への転機となるという期待による。

 確かに、永田町や霞ヶ関ではその戦略は成功した。増田レポート(2014年5月)、地方創生本部設立準備室の設置(同7月)、地方創生本部の立ち上げ(同9月)、地方創生法成立(同11月)、地方創生総合戦略の閣議決定(同12月)という淀みない流れは、その起点に地方消滅論なしにはあり得なかったであろう。

 しかし、地域の現場では、このショック療法は成功したとは言えない。いや、むしろ再生の途に重大な負の影響を与えているとしても過言ではない。なぜならば、過疎地や農山村の現場では、いま必要なことは、なによりも「諦観からの脱却」である。人口減少とともに進みつつある空き家や耕作放棄地の増加の中で、人々は時として、諦めてしまうこともある。そのような気持ちを地域内に拡げないことが、地方創生のスタートラインである。行政や支援組織、そして住民自体がそのため日々闘っている。

 そうした時に、名指しして、将来的可能性を「消滅」と断じることは、その努力に水を差すことにならなかったであろうか。必要なことは、地域に寄り添いながら、「あの空き屋なら、まだ移住者が入れる」「あそこの子供は戻ってきそうだ」などと、具体的に地域の可能性を展望することであろう。つまり、「可能性の共有化」こそが「諦観からの脱却」の具体策であり、地方創生は本来こうした取り組みの延長線上に見えてくるものである。

 それは、あたかもイソップ童話の旅人をめぐる「北風と太陽」の逸話のようである。消滅という北からの暴風を吹かせて、地域にダメージを与えてしまうのか、そうではなく、地域の可能性を太陽のように温かく見つめて、地域に向き合うかである。

 地方消滅論にかかわる論者は、「時間ない」といい、こうした太陽路線を批判するかもしれない。しかし、むしろ北風によるダメージの修復にこそ、地域は時間とエネルギーを取られていたのではないだろうか。3年目の地方創生には、あらためて太陽路線の展開が期待される。

2016年9月1日

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