「地理総合」の必履修化と地域づくり教育への期待

2021年7月1日

三橋 浩志 (文部科学省 初等中等教育局)

●10年に1度の学習指導要領の改訂が2020年から新しい教科書でスタート
 2020年度からスタートしている新しい学習指導要領。今回の改訂で注目されているのは、高等学校の社会科系教科(地理歴史科と公民科)の大改訂である。新しく「地理総合」、「歴史総合」、「公共」が創設され、3つの新科目が全て必履修科目となった。「地理の必修は約50年ぶり」、「日本史と世界史が一緒になった歴史科目の新設」などが報道でも話題となっている。
 ところで、日本の公教育は、政府が学習内容の大枠を「学習指導要領」として示し、それを踏まえて民間教科書会社が教科書を制作する。教科書は、内容に誤りがないかなどを検定し、検定合格した教科書を使って、全国の小学校、中学校、高等学校の各教室で児童・生徒が学んでいる。学習内容の大枠を示す学習指導要領は、社会の変化や社会からの要請、学問の進展や変化を踏まえて、概ね10年に1度改訂されている。今次改訂の新学習指導要領は、2020年度から小学校、2021年度から中学校で、そして2022年からは学年進行で高等学校でスタートする。今次改訂では、地理歴史科の他に、高等学校の「文学国語」の選択科目化なども話題になっている。

●なぜ世界史のみ必履修だったのか、今次改訂でどう変わったのか
 今回の高等学校の社会科系教科の大改訂は、地理、歴史、公民の3科目をバランスよく全国民が学ぶことを目指している。過去、高等学校の社会科は、1994年度から地理歴史科と公民科に分かれ、地理歴史科は世界史のみが必履修科目、日本史と地理が選択科目となった。世界史が必履修科目となったのは、国際化への対応が急務の課題であったことがその要因と言われている。同時に、大学の日本史しか学習していない大学生が、「産業革命も知らないのに経済学を学ぶ・・」、「フランス革命も知らないのに民法を学ぶ・・・」ことへの問題点が大学教員から指摘されていた。そこで、世界史は必履修科目になったが、2006年に「世界史未履修」問題が発覚した。大学受験は日本史選択が圧倒的多数であるなか、必履修科目の世界史を学習せずに、その時間に受験に直結する科目を学習していたことが発覚した。「受験に使わない世界史を学ぶことは時間の無駄」という考えが学校現場にあったのかもしれない。
 このような反省を踏まえ、今次改訂では、日本史と世界史の枠にとらわれず、相互が一体化した「歴史総合」が新設された。同時に、「歴史の授業は戦後改革くらいまで・・」と揶揄されるように、将来に生きる生徒たちにとって重要な近現代史の扱いが少ないことも課題として指摘されていたため、学習内容を近現代史に限定した。さらに、従来の「江戸時代」とか「明治時代」といった時代区分での整理ではなく、「近代化と私たち」、「大衆化と私たち」、「グローバル化と私たち」という内容項目になり、今を生きる高校生につながる歴史学習を強く意識している。

●「地理総合」設置の背景など
 この50年ほど、地理は選択科目であった。しかし、「イラクの場所を大学生の半分しか地図上で正確に答えることが出来ない」など、国民的な基礎教養としての地理的な知識の欠如が課題として指摘されていた。また、阪神淡路大震災、東日本大震災などの自然災害に直面するなか、自然環境と人間生活の関わりを学ぶ唯一の科目である地理が選択科目であることは、国民の命を守るためにも充実が必要との指摘が出ていた。さらに、「地方創生」など、地域づくり、まちづくりへの関わりが益々高まっていくなか、地域を扱う唯一の科目の地理が選択科目になっていることは、生徒のバランスある成長にとって課題では、との指摘もなされた。
 一方、スマートフォンに地図アプリが当たり前のように入っているなど、地理空間情報は21世紀の社会生活には不可欠の基盤となっている。その地図や地理空間情報の基礎的な仕組みや活用の留意点などをきちんと学ぶためには、全国民が地理を学ぶべき、との指摘もなされてきた。
 そのような背景もあり、約50年ぶりに地理は高等学校で必履修科目として2022年より学年進行でスタートする。教科書検定も終わり、現在は各高等学校で2022年4月から使う新教科書の選定が検討中の時期である。

●必履修科目「地理総合」のスタートと地域づくり教育への期待
 「地理総合」は、地理空間情報、宗教などを含めた世界の生活文化の多様性、地球的な課題(SDGs)、自然災害と防災などの学習内容の柱があるが、最後のまとめに「生活圏の調査と地域の展望」が設定されている。そこでは「・・・生活圏内や生活圏外との結び付き,地域の成り立ちや変容,持続可能な地域づくりなどに着目して,主題を設定し,課題解決に求められる取組などを多面的・多角的に考察,構想し,表現すること。」が明示されている。つまり、全国の高等学校で、全生徒が地域づくりについて考え、構想し、表現する授業が、2022年以降は行われることになる。
 地理学関係学会はもとより、都市計画学会、農村計画学会などの地域づくりに関わる学協会からも「出前授業」、「教員研修支援」、「地域づくり教材作成」などがスタートしている。また、土木関連の大学の一部では、「自然災害と防災」などを「地理総合」で高校生が学習していることを前提とした基礎教育内容の検討なども行われている。
 「地理総合」の学習指導要領には、しっかりと「・・地域の展望」が学習内容として明示されている。日本地域政策学会を含め、地域政策関係の学協会や大学関係学部の支援のもと、「地理総合」の授業で、高校生の地域づくり教育が充実することを期待したい。

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