地域マーケティングの主体を考える

2022年5月2日

坪井 明彦 (高崎経済大学)

 私は本学の地域政策学部に着任して19年目になりますが、そこで「地域マーケティング」という科目を担当しています。地域マーケティングとは、標的とした顧客にとって、価値ある地域を創造し、その価値を伝え、その価値を届ける(またはその価値を享受するために来てもらう)活動として、定義することができるでしょう。そして、その場合の顧客とは、オフィス労働も含めて生産の場としての価値を求める企業や、観光や娯楽、買い物の場としての価値を求めるビジター、生活・居住の場としての価値を求める住民などが想定されます。

 このように、地域マーケティングにおいては、企業のマーケティングと比べて、標的とする顧客が多様であるという点も大きく異なるわけですが、今回、私が強調したいのは、マーケティングを行う主体の問題です。企業の製品の場合には、マーケティングを行う主体が誰かということは明らかです。一方で、地域の価値を創造したり、高めたり、伝えたりする活動は、その主体が明確でなく、多様な主体が含まれる可能性もあり、責任や権限もあいまいであり、あるいは、誰もそれに取り組もうとしていないということもあるでしょう。すなわち、地域マーケティングという文脈では、顧客の創造という問題より先に、マーケティング主体(組織)の確立ということが問題になります。

 しかしながら、民間企業の中で、本業として地域マーケティングを行っている主体も存在します。それは、大手の私鉄会社です。鉄道の沿線に住宅地を開発し、ターミナル駅には買い物に便利な百貨店を、郊外や終端には娯楽施設や観光施設を配置し、その土地の販売やそのエリアでの消費による利益だけでなく、人々を移動させることによって利益を上げるという、阪急電鉄において小林一三が確立したと言われるビジネスモデルです。まさに、巨大な民間企業が本業として、「沿線価値を高める」という地域マーケティングを行ってきたといえます。

 一方で、この仕組みが成立するのは大都市のみでしょう。地方での自家用車での移動を前提とすると、あるエリアの価値を高めるために投資したとしても、人を移動させること自体によって利益を上げることはできず、移動によっても利益を上げることができる場合と比べると、そのエリアの価値を高めるためのより大きな投資を行うインセンティブが働きにくいわけです。マーケティングの主体という点でも、都市と地方に大きな格差が存在しているといえるでしょう。したがって、地方においては、都市部以上に、地域マーケティングや地域づくりの担い手をいかに確保するかという課題が大きくなります。

 ところで、3つ星、2つ星などとレストランを格付けしているミシュランガイドを皆さんもご存じでしょう。なぜ、タイヤ・メーカーがレストランを紹介するガイドブックを製作したのでしょうか。それは、タイヤの販売量を増やすには、タイヤを買い換えてもらう必要があり、そのためには遠くまでドライブしてタイヤをすり減らしてもらう必要がある。そこで、人口の多いパリから遠く離れた南仏のおいしいレストランを多数紹介したというのが、ミュシュランのガイドブックの起源です。この事例は、人を移動させることが直接的に自社の売上や利益につながらなくても、巡り巡って売上や利益が増えるような産業や企業が存在するということ、また、そうした企業がより広い視野で事業を行う必要性を示唆しているといえるでしょう。

 企業や人々は、自分が今いる地域だけでなく、他の地域の価値を高めたり伝えたりすることも自分にとって役に立つ可能性があるということに目を向け取り組むことも必要でしょうし、また、地域の側も、その地域の企業や住民だけでなく、それ以外の組織や人々をいかに巻き込めるかという視点も、特に地方においてはますます重要になってくるでしょう。2022年1月号の「地域政策について一言」でも、小田切会長が「関係人口」の重要性を指摘していますが、地域の価値を高め、伝える存在として、個人だけでなく、企業などの組織も含めて捉えていくことが必要だと考えています。

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