シティミュージアムの新たな役割―社会課題解決の場としての可能性―

2025年2月3日

山下 永子 (九州産業大学)

 2022年、国際博物館会議(ICOM)による新定義の採択と日本の博物館法改正により、公立シティミュージアムに求められる役割は大きく変化した。特に「包摂性」「多様性」「持続可能性」「コミュニティの参加」といった新しい要素が加わり、単なる収集・展示施設から、地域社会の課題解決に寄与する場への転換が求められている。
国内の多くのシティミュージアムは、人口減少に伴う来館者と税収低迷により、深刻な経営難に直面している。一方で、世界的な潮流をみると、ミュージアムの存在は、健康的で文化的な生活、市民のウェルビーイング実現のために、ますます重要となってきている。

 筆者は、2023年12月から2024年3月にかけて英国・ベネルクスに滞在し、シティミュージアムを訪問する機会を多数得た。そこで目にした印象的な取組み事例の一端を紹介したい。なお、筆者は文化政策の専門ではなく、欧州にはプレイスブランディング戦略の調査のために訪れた。そのため、文化政策の領域では目新しくない内容も多く含まれていると思う。その点はご容赦ください。

 英国リバプールのウォーカー・アート・ギャラリーでは、移民、マイノリティ、LGBTQ+など多様な市民の声を展示に反映し、都市の歴史や現代的課題についての対話を促進している。「The People's Republic gallery」では、過去200年間の社会変化を年表、写真、映像などで可視化し、現代の都市課題への議論参加を促していた。

 マンチェスターアートギャラリーでは、産業革命期の労働問題と現代のファストファッション産業を比較する展示を通じて、地域の歴史から現代の社会課題を考える機会を創出していた。さらに、来館者の能動的な参加を促すため、議論のためのスペースや意見を書き込めるボードを設置するなど、対話型の展示を工夫している。

 オランダのデン・ハーグ美術館では、地下フロアの「Wonder Kamers」が印象的だった。ここは完全に子どものための体験スペースとなっており、展示物のレプリカを使った鑑賞方法の説明や、子どもの目線を意識した展示、デジタルアート体験など、次世代育成に特化した空間となっていた。

 公共交通の無料化で知られるルクセンブルクのシティミュージアムでは、「All You Can Eat:際限なき飽食」という企画展で、食を通じた持続可能性への問題提起を行っていた。市民一人当たりの年間肉消費量が80kg以上という地域特性を踏まえ、食の大量消費や廃棄物問題を多角的に検証し、市民の行動変容を促す展示が印象的であった。

 これらの経験から、社会課題の解決に寄与するミュージアムの大きな可能性を実感するとともに、日本のシティミュージアムが進むべき方向性への示唆を得ることができた。とりわけ、多様な市民の声を反映する展示手法、現代的課題についての対話を促す場づくり、次世代育成のための体験型スペースの創出など、具体的な取組みの数々は、参考になる。 

 日本の公立ミュージアムも、まちづくり、観光、福祉、教育などの分野と連携しながら、地域の持続可能な発展に向けた人々の行動変容のきっかけ作りなど、より積極的な役割を果たすことが期待される。

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