変わりゆく地域

2022年4月1日

佐藤 公俊 (高崎経済大学)

 年度が改まり、4月特有の緊張感と高揚感を楽しんでいる。気が付けば、大学で「公共政策論」を講義し始めてから22年目に、「地域政策論」を講義し始めてから17年目に入った。

 昨年度末に改めてこれまでの講義を振り返ってみて、おもしろいことに気付いた。長く続けている「公共政策論」の講義内容は変化しているが、実は事例等が多少変わっているだけで骨格はさほど変わっていない。一方「地域政策論」17年前と全く違う講義となっている。 これは前者が理論志向が強い内容となっているのに対し、後者は例えば「少子高齢化・過疎・限界集落」、「空き家」、「中心市街地の活性化」、「買い物難民」など身近な問題の解決を取り上げることが多いからだと思う。新たな問題は次々と発生しているわけで、まさに変わりゆく地域に合わせて講義内容も大きく変化しているのである。

 さて、前置きが長くなってしまったが、ここで取り上げたいのは変わりゆく「地域」という概念のことである。そもそも地域とは何かについて決定版となる定義をすることは難しい。勤務校では地域政策学部をFaculty of Regional Policyと訳しているが、そしてこれはとても良い名乗りだと思うが、regionalが一番しっくりくるとは限らない。学生に「地域に当てはまる英単語を思いつくままにあげてみてください」と聞くと様々な単語をあげてくれる。一例をあげれば、Regional(抽象的な部分)、Local(中央に対する概念としての地方)、Community(共同体)、Area(限られた範囲)、District(行政的な区画)Zone(特別な用途・目的のための区域)、Rural(田舎)などである。

 これらは、要は「レンズ(視点)」である。例えばRegionalというレンズは「国と地方は平等、単なる役割分担」視点を持つということであり、Localというレンズは「国主導、地方は下請け?」という視点を持つことである。私は最近ではCommunityというレンズを多用して地域政策を講義しているが、震災以降政府よりも小さい単位の人と人とのつながりで人間は生きているということを実感しているからかも知れない。社会を分析するということは何らかのレンズを用いてものを視るということであり、どのようなレンズを使用しているかについて自覚的であることが重要だと考えている。

 ところがここ数年、従来の様々なレンズとは異なる地域の概念が出現してきている。従来の概念では「物理的(フィジカル)な空間の共有」と「皮膚感覚や感情で理解できる人と人との繋がり」は前提だった。しかしながらSNSの発達に伴い、「仮想(サイバー)空間において誰とでもつながることができる」コミュニティが一般化したからだ。学生にTwitter、Facebook、LINEなどのSNSはコミュニティですか、アソシエーションですか、などと聞いてみるとおもしろい答えがたくさん出てくる。そして主たる居場所が物理的空間ではなく仮想空間である学生も一定数存在する。メールは社会を効率的にしたが、それはあくまで道具であり、われわれ世代がメールという仮想空間でコミュニティやアソシエーションを作ることはなかったことと大きく異なるのである。

 一昨年は遠隔で授業が行われ、それ以降も会議は遠隔で行われることが増えた。かくいう本学会も遠隔で大会を成立させたし大変うまくいった。そうなると今度は家に居ながらいともたやすく部分社会を形成できるような奇妙な感覚が一層高まる。「学習も仕事も、買い物も医療機関の受診等も、技術的には移動せず誰とも顔を合わせず実行可能な時代において、われわれにとって地域とは何を意味するのか?」というのが、「変わりゆく地域」についての今現在の問題関心である。

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