国際観光学部という比較的新しい学部に属して5年目となるが、関わる課題は自治体の国際戦略に始まり、海外地域のDMOとの連携、国内地域の疲弊する自治体を観光を通じて再生する取り組み、そして商業を核とする地域の活性化など様々な地域の課題に関わっている。
最近では、フレイル予防の取り組みを促進するツーリズム視点での研究を行っている。フレイル予防は、東京大学高齢社会総合研究機構(IOG)が取り組むフレイルチェックを中心とする地域で高齢者の健康を支えるまちづくりにも貢献する取り組みである。同機構が目指すのは、健康自立寿命を最大化する地域生活環境、最後まで地域で暮らせるケアシステムと地域生活環境、高齢者も働き社会に貢献できる地域生活環境の整備である(拙著,地域マーケティングにおけるレジリエンスの視点,観光学研究,第20号2021年3月)。
従来のフレイル予防の取り組みは、医療(口腔の管理も含めて)と食と人びとのコミュニケーションが柱であった。これをさらに推進するために、ツーリズムの可能性を探れないかとの相談を受けた。そこで、東京慈恵会医科大学の友人に相談してみると、運良く外科の講座でこれからフレイルについて研究しようとしている先生のいることが分かり、面会し話し合ってみると、医療とツーリズムには接点があることが明らかになった。
つまり、健康機能の低下の一因である歩行能力の低下をくい止める取り組みである。むろん、医学的には手術による処置に始まり、様々な処方箋が描けるが、そこにツーリズムの視点が加わることで、楽しく歩くことが身体能力低下の予防につながる。さらには、健康寿命を延ばすことができるのではないかという話になった。
この考え方を検証する場として、筆者が観光による地域の再生に取り組んでいる南会津町の高齢者を対象に実験を試みようということになった。検証方法としては、いきなり他地域の高齢者にツアーを造成して呼びかけるのではなく、まずは、地元の人から健康増進を図り、実証したうえで、外部に開放しようという考え方に基づいている。
そこで、町役場や地域活性化の事業に取り組む地元の企業との会合を持ち、実施に向けて動き出すことになった。実験では、町内の40代から80代までの24名の男女に集まって頂き、医師による健康診断の後、骨密度検査を行い、フレイルチェックを実施した後に、マイクロバスで診断場所から高低差300メートルほどの駒止湿原に出かけ、現地では老化物質の変化を見るAGE(Advanced Glycation Endproducts)検査を実施した後に、同湿原のボランティアガイドの案内の元、1時間ほどの行程でウォーキングを楽しんで貰い、出発地点で再度AGE検査を行った後に、地元の食材をふんだんに使ったタンパク質を十分に摂取できるお弁当を食べながら、初対面の人も含めて楽しく談笑してもらった。
歩行前後の変化の調査結果を見ると、「リラックス感」「リフレッシュ感」が増加した人が多く見られた。1時間も木道や山道を歩いたにもかかわらず、参加者間やサポート学生との会話、ガイドの楽しい説明を聞きながらのウォーキングによって、歩行前に「疲れ」を感じていた人が歩行後には疲労感が軒並み減少していた。さらに、健康状態や幸福感も上昇していた人が目立った。終了後に参加者に向けて、次年度には参加者と言うよりもむしろフレイルサポーターになって欲しい旨を伝えると、全員の方からの賛同が得られた点が一番の成果だったように思う。
こうしたヘルスツーリズムは、自然豊かな地域であれば、特段有名な観光資源がなくとも実施可能である。それどころか、地域で採れる食材を活用すれば、十分にフレイル予防につながる栄養も摂取でき、ウォーキングを通じてコミュニケーションが生まれることが今回の実証実験で明らかになった。今後、地域内での実験を繰り返しながら、本格的なツーリズムへとつなげていきたい。