ブランド・ストーリーによるシティ・プロモーション~巡礼路について考える~

2025年1月6日

佐々木 茂 (東洋大学)

 10年ほど前に、東日本大震災からの復興の意も込めて、『市政』という雑誌に「自治体による国際プロモーションの役割」(2013 May, vol.62)について寄稿した。現在は、コロナ禍を脱し、新たなステージに向かって乱気流の中で針路を探る時代である。現在、各自治体では、さまざまな総合戦略が検討されているが、戦略の内容をいかにして情報発信するのかについての議論も伴っているだろうか。情報は、受け手(顧客)の立場に立って発進しないことには、相手に受け取ってもらえないことから、今一度シティ・プロモーションについて考えてみる必要があると感じている。

 最近、観光の分野ではオーバー・ツーリズム(OT)という観光公害の話が盛んに指摘されている。思えば、コロナ禍の間に、ヨーロッパの会議(2021)に参加すると、しきりにこの課題に対する対策が議論されていた。日本ではどうであったか。それはさておき、筆者は、最近、巡礼についての研究に取り組んでいる。当初は、日本の古来の伝統文化を海外の人たちにどのように翻訳すればよいのかという問題意識のもとに、研究に取り組んでいたのだが、OTやサステナブル・ツーリズムを考える中で、巡礼に一つの光明を見い出しつつある。例えば、四国のお遍路は、四国四県を1400㎞に渡って走破する旅路であり、八十八ヶ所の寺を巡るが、それ以外の観光資源も享受しながらの旅である。

 実は、わが国にはこうした巡礼の道が北海道から沖縄まで200あるとも1000を超すともいわれている。数の特定はさておき、そのほとんどが認知されていない。その多くは、地域の人に閉じたものであり、かつては外部の人に巡ってもらおうという意図もなかったような道が多い。しかし、個々の道を見ると、実に面白いところを結んでいる。そして、実は、それぞれに地域の風土を活かした特徴がある。(詳しくは、参考文献をご覧ください(佐々木,2024,2025)。)

 これらの巡礼の道を国内外に認知してもらうためには、それぞれの巡礼路のブランディングが必要になる。いわば、巡礼路を地域ブランドと見立てて、情報発信するのである。そこには、ブランドのストーリーがなくてはならない。例えば、以下のように組み立ててみてはどうだろうか(ミリ・ロドリゲス,2022, (一社)四国八十八ヶ所霊場会, 日本遺産ポータルサイト)。

 ストーリーの「トピック」として、誰または何についてのストーリーかという点では、お大師様と由緒のある四国八十八カ寺を巡る修行という巡礼の本来的な内容が中心となる。ストーリーの「目的」については、お大師様の御跡を慕い同行させていただく。遍路は心の変革であり、功徳を積むことにより、ご利益につながるという期待を込める。ブランドの「特徴」としては、お遍路道には八十八の札所があり、周辺住民は巡礼者を”修行者”と見てお接待してくれる。このお接待は究極のホスピタリティで、お接待をする側もされる側もお大師様と見立てられ、お大師様を通して二者間に瞬時に関係性が形成される点が驚きと感動を呼んでいる。

 「主要なオーディエンス」としては、遍路者とお遍路について気になっている人々が対象となろう。日本人では”精神修養と歴史・文化への興味、そして故人の供養”が、インバウンド客では”歴史・文化への興味と観光・トレッキング、そして地域住民との交流”がいずれもトップ3のニーズである。両者の共通項として、”歴史・文化に興味”がある人が多いので、巡礼の道をブランド化する際に気を配る必要があるポイントである。ストーリーを伝えた時、どんな「感情」をオーディエンスに期待するのかについても検討する。特に、達成感や心の変化をもたらす内容はどのようなものなのかについて吟味したい。ストーリーで伝えたい「メッセージを補強」してくれるのが、四国お遍路では全長1400kmの行程や1200年を超えて継承された歴史やお接待の文化である。そして、宗教的な知識・体験・心情・心身の変化について、信仰心を重視する「様式」でストーリーを伝えることが可能である。

 これらを念頭に、巡礼路を歩いた人の体験談を集めて、ストーリーの個性を引き立たせることによって、伝えたいことを表現できるようになるのではないだろうか。巡礼路に限らず、地域の側は何を提供できるのかということを相手の立場に立って考える、そんな姿勢がシティ・プロモーションには必要とされているはずである。

 

(参考文献)
佐々木茂,「自治体による国際プロモーションの役割」『市政』,2013 May, vol.62
Shigeru Sasaki, “Back to Basics: Culture and Heritage,” World for Travel Evora Forum, 2021
佐々木茂,八百万の神の国・日本の巡礼・巡拝と観光,和合,第53号,2024,pp.48-52.
ミリ・ロドリゲス(Miri Rodrigues)著,ローリングホフ育未訳,ブランドストーリーのつくりかた, CCCメディアハウス, 2022
(一社)四国八十八ヶ所霊場会; https://88shikokuhenro.jp/ohenro/
日本遺産ポータルサイト; https://japan-heritage.bunka.go.jp/ja/stories/story015
佐々木茂,分散型のツーリズム展開試論―巡礼の道, 真正性,ブランディング―,余暇ツーリズム学会誌,2025(近刊)

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