体験型観光の実践について

2023年9月1日

李 良姫 (兵庫大学)

 従来の観光は、美しい自然を観賞し、歴史的な建築物などを見る物見遊山的な観光が一般的であった。しかし、近年では見る観光から、観光地の地域住民による地域の魅力的な文化などを活用した体験型観光へと観光の形態が変化しつつある。

 現在、体験型観光は様々な地域で実践されているが、2020年新型コロナウイルス感染症の拡大の中、筆者が「兵庫県ポストコロナ社会の新たな生活スタイル研究委員会」の委員として研究を行った兵庫県城崎温泉の体験型観光の事例を取り上げたい。

 城崎温泉では、温泉組合や観光協会など地元の団体が出資し設立した「株式会社湯のまち城崎」が、「城崎温泉ステキ体験旅行社」を立ち上げ、運営している。ステキ体験旅行社を媒介する場合は、ステキ体験旅行社のWEBサイトに申し込む。また、現地の観光センターカウンターで申し込むこともできる仕組みになっている。ステキ体験旅行社は、店舗から紹介手数料を受け取る。その他、豊岡観光イノベーションが運営する外国人向けの観光案内WEBサイトVisit Kinosakiで体験の予約も可能である。体験する店舗へ直接申し込むこともできる。

 また、まちづくりプロの指導のもと観光協会と共に地元の女性が中心となり、定期的に「ステキ体験旅行博」を開催している。地域の魅力を発掘・発信し、体験型観光として潜在する魅力を売り出すのが目的である。すべてのプログラムや人が観光資源である。地域外からの人や資金、組織が一切関与しない、地域内のみの受け入れであるため、地域全体が活性化に繋がっている。お金もすべて地域内に落ちる。地域の宿泊業、お寺、食堂、鮮魚店、写真店、カフェ、お土産店などで活躍する事業者やガイド などの地域住民は、単に販売するだけではなく、交流することでやりがいを感じている。

 例えば、城崎温泉で主にサイクリングツアーのガイドをしている今井奈津子氏は、「参加者と友達になれるくらい話すことが好き」、「城崎が好き、だから私が案内する場所はすべてが私の大好きな景色であり、そのため、毎回プログラムを一番楽しんでいるのはいつも私自身かもしれない」という。

 さらに、城崎温泉の体験型観光の受け入れをしている「かみや民芸店」は、麦わら細工体験をしてもらうことで、より商品価値も認識され、商品購入にも繋がっている。店主の神谷俊彰氏は「麦わら細工を購入するだけでも城崎温泉の思い出にしてもらえるが、自分で製作した物ならもっと深く心に残る思い出になる」という。実際、参加者から「いい思い出になった」という感想が多くあるようだ。参加者のこの言葉こそが、コロナ禍で観光客が減少した時期も観光地の人々のやる気を思い起こさせ、回復への活路を見出す原動力になっていた。

 体験型観光は、外からの観光客のみならず、地域住民にも地域の新たな発見になっている。城崎温泉の「サイクリングツアー」プログラムに参加した豊岡市で語学学校を経営し、インバウンド観光事業にも視野にいれて活動をしている地元出身の後藤裕美氏は、「子供の頃から城崎には馴染みがあるが、裏の路地を自転車で走ることは初めてだった。見慣れた街の、車の通れない道を自転車で走り抜けるという体験は、思ったよりエキサイティングだった」、「地元の人も参加して楽しいツアーでむしろ、地元の人々にもっと参加してもらいたい内容だ」と語った。今後、従来の他地域からの観光客の受け入れだけではなく、近隣地域住民を対象にした体験型の観光プログラム作りと発信、受け入れ体制づくりが求められる。

 体験型観光は、単に観光サービスの提供や商品販売からは得られない、観光客と受け入れ先の親しい交わりができ、観光活動を通じた交流人口の拡大、さらには、関係人口の拡大に繋がる可能性を秘めている。

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