投票所の統廃合等と投票環境の向上

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桑原 英明 (中京大学)

 2021年10月31日に投開票の衆議院議員総選挙では、全国の投票所総数は46466カ所であった。前回17年の総選挙と比べても1275カ所の減少、ピークの00年と比べると約7000カ所と13%の減少となっている。また、午後8時の投票時間の繰り上げも全体の36.5%の投票所で実施された。(東京新聞 TOKYO WEB 2021年10月28日 06時00分より)。
 
 この大きな理由は、人口減少による過疎化と平成の市町村合併後の投票所の統廃合とともに、投票管理者や投票立会人のなり手不足が大きい。投票管理者は投票所の総括的な管理を担当し、当該選挙区の有権者(通常は行政職員)から1名が任命される。また、投票立会人は、当該選挙区の有権者から一般の住民より2名から5名が任命され、投票箱の開閉や選挙人による投票の立会などを担当する。
 
 2019年6月までは、投票管理者と投票立会人は、当該投票区の選挙人から選ばれていたが、総務省令の改正により緩和された。なり手不足への対応と考えられる。とりわけ投票立会人の選任は綱渡りに近い業務であるという。彼らは、町内会・自治会や民生委員等により推薦された者が任命され、以後継続的に任命されるのが通例となっている。このため、投票立会人は比較的高齢の男性に偏る傾向にあるという。公募制を採用している自治体もあるがごく少数にとどまっている(ある調査によれば、全自治体の約6%)。その大きな理由は、投票立会人は選挙人の本人確認という重要な役割を担っていることが大きい。また、現在は、立会人の交代制が認められているが、長時間にわたって拘束されるため心身の負担が大きいこともある。

 選挙政策というと、それぞれの自治体の行政職員が公務として担っているという印象が強い。しかしながら、こと投票立会人については、地域住民の代表として、民主主義の根幹である選挙事務を担っているのである。その意義は決して少なくない。今、この投票立会人制度が極めて厳しい状況にあることを忘れてはならない。

 他方で、投票環境の向上の観点からすると、投票所の統廃合や投票時間の繰り上げは、前向きの対応とは決していえない。確かに、行政の側からすると、現行の投票事務の確実な執行にともなう負担は重い。また、不在者投票や期日前投票等を充実することにより選挙人の投票機会の保障に努めていることも疑いがない。また、数は限られているが共通投票所(大規模なショッピングセンターや大学などに設けられ当該選挙区のすべての選挙人が投票できる投票所)を設ける自治体も少しずつ増えている。さらに、過疎地や農村部では午後6時以降に投票する者はごく少数であるとの声もある。

 しかしながら、不在者投票や期日前投票は、すでに投票意思を決めている選挙人にとっては事前に投票できる大きな武器であるが、当日まで投票する候補者や政党を決め兼ねている無党派層の者にとっては、棄権の大きな誘因となる恐れがあることは否めない。また、投票率の向上を目標とする前に、投票環境の整備を行うことが先であるという意見も少なくない。ここにおいて、投票環境の向上と行政の負担というジレンマ状況が生じていることがわかる。

 最後に、こうしたジレンマ状況に対処した一つの事例を紹介したい。愛知県東部の奥三河に位置する設楽町である。同町は、人口5千人弱の自治体であるが、総選挙に先立つ2021年10月17日に実施された町長選挙・町議会議員補欠選挙において、投票区を統廃合し4つに再編した。このため常設の期日前投票所を2カ所(新たに1カ所)設け、加えて移動式の期日前投票所を新設し、さらに事前に予約した選挙人については町役場の職員が公用車等で自宅と投票所との間の送迎を行うなどの対応をとった。さらに、こうした対応をとるにあたっては、事前に行政区への説明、住民説明会やパブリック・コメント制度を適用するなど実に3年に及ぶ周到な準備が成されている。

 確かに、この事例に対して反論はあろう。人口5千人弱の過疎地の自治体であるからこそ、これだけきめの細かい対応をとることが可能であったと。都市部の大規模な自治体では、とてもこのような真似はできない。

 しかしながら、ここで述べたいことは、設楽町をモデルとして模倣をすることではない。むしろほかの先進事例も参照して、「良いとこ取り」を行ったうえで、さらにプラス・アルファーの創意工夫が不可欠だということである。地域政策の中でも、選挙政策は確実かつ公正に執行しなければならない比較的融通の利かない政策領域といっても差し支えない。仮にそうであるとしても、これから劇的に地域社会が縮小し、自治体行政が縮減するなかで、投票所の統廃合・投票立会人等の確保と投票環境の向上というジレンマ状況に、地域社会として果敢に立ち向かって頂きたいのだ。

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