持続可能な医療保険制度への岐路 -世代間の協働と予防医療の可能性-

2025年10月1日

筑後 一郎 (川崎医療福祉大学)

 2025年7月の参議院選挙では、社会保障費の負担をめぐる世代間格差が大きな争点となった。「働く世代はもう限界」という若者たちの声が街頭に響き、各党は現役世代の負担軽減を競うように訴えた。日本維新の会は社会保険料の年間6万円削減を公約に掲げ、与野党問わず「給付は高齢者中心、負担は現役世代中心」という構造の見直しが議論された。こうした世代間対立の表面化は、国民皆保険制度が直面する危機の深刻さを物語っている。

 医療提供側もまた、厳しい経営環境に置かれている。日本病院会・全日本病院協会・日本医療法人協会による2024年度の病院経営実態調査では、調査対象病院の約7割が赤字経営となっており、特に地方の中小病院では8割を超える施設が赤字に陥っている。診療報酬改定による収入増も物価高騰や人件費上昇に追いつかず、2024年の医療経済実態調査(厚生労働省)では、一般病院の損益率はマイナス2.5%と、コロナ禍以降の経営悪化が続いている。さらに、医師の働き方改革による労働時間の規制も始まり、医療機関の経営難は、地域医療の崩壊という形で国民生活に直結する問題となりつつある。

 この構造的課題の根底には、2007年に始まった人口減少社会という現実がある。出生率の回復は極めて困難であり、現役世代1.2人で高齢者1人を支える「肩車型社会」が目前に迫っている。SBI金融経済研究所の試算によれば、2023年生まれの世代は生涯で約1800万円の負担超過となる。こうした世代間格差の拡大は、若年層の非婚化・少子化を加速させ、さらなる悪循環を生み出している。国民皆保険制度は世界に誇る日本の財産だが、その持続可能性は今、重大な岐路に立っている。

 しかし、希望がないわけではない。健康寿命の延伸、特にフレイル(虚弱)対策を中心とした予防医療の推進は、医療費の適正化に大きく貢献する可能性を秘めている。高齢者が要介護状態になる前段階で適切な介入を行うことで、医療・介護費用の大幅な削減が期待できる。実際、フレイル予防プログラムを実施した自治体では、要介護認定率の上昇が抑制され、一人当たり医療費の伸びも鈍化している。QOL(生活の質)を維持しながら医療費を抑制するという、一見相反する目標の両立は、予防医療の充実によって実現可能であると目されている。

 健康保険制度をどう維持するか、選択の余地は狭まりつつある。世代間の対立を煽るのではなく、各世代が協働して持続可能な制度を構築することが急務である。高齢者には健康維持への主体的な取り組みを、現役世代には予防医療への理解と参加を、そして政策立案者には大胆かつ実効性のある改革を求めたい。一人ひとりが「自分事」として医療保険制度の未来を考え、行動することが、今ほど必要とされている時はない。

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