日本エコミュージアムの先進地を訪ねて

2024年10月1日

林 秀司 (島根県立大学)

 歴史文化資源の活用について研究したいという大学院生を引き受けることになり、彼の研究課題について議論していたところ、たまたま、エコミュージアムの話題となった。そういえば、近年はエコミュージアムの話をあまり聞かなくなったと思い、試みに、CiNii Researchを用いてエコミュージアムをキーワードに年々の論文数をみてみると、精査してはいないので、おおまかにではあるが、近年も毎年10点前後の論文があることがわかった。しかしながら、1999~2010年は20点を超える年も多かったので、かつてほどは取り上げられなくなったという認識もまた、的外れではなかったのかもしれない。私は、エコミュージアムの研究者ではないが、長らく興味はあったので、日本における先進地の朝日町エコミュージアムの今が知りたく思い、訪ねてみることにした。本格的な調査にはほど遠いのではあるが。

 エコミュージアムは、1960年代後半のフランスに発祥し、その提唱者はジョルジュ・アンリ・リビエールと言われている。エコミュージアムは、従来の博物館とは異なり、地域の中で、資料は現地で保存され、現地で展示される。その場所は、英語でサテライト、フランス語でアンテナと呼ばれる。そこで取り上げられるものは、日本であれば、鎮守の森、棚田、水車小屋など、ひとつひとつはささやかなものかもしれないが、これらを地域の生活と環境と綴り合せて興味深く見せるというものである。しばしばコアと呼ばれる中心施設があり、全体は行政と協力しつつ民間団体が運営する。

 エコミュージアムが日本に紹介されたのは1980年代であろうか。1990年代には少なからぬ自治体が導入を試みている。山形県西村山郡朝日町は、いち早くこれを導入しており、1989年には朝日町エコミュージアム研究会が発足している。1995年には、日本エコミュージアム研究会の設立総会を兼ねてエコミュージアム国際会議を開催するなど、朝日町が日本のエコミュージアム活動を先導してきたことは確かであろう。そして、NPO法人朝日町エコミュージアム協会が発足したのは2000年である。同年、朝日町エコミュージアムコアセンター創遊館もオープンしている。朝日町エコミュージアムガイドマップによると、サテライト(現地見学場所)は、国指定名勝の大島の浮島、家族旅行村のAsahi自然観、地元有志によって建立された空気神社、日本の棚田百選にも選ばれた椹平の棚田、かつての小学校の校舎で山形県の文化財指定も受けている旧三中分校など、50か所を超える。

 さて、その朝日町エコミュージアムであるが、新型コロナウイルス感染症流行の影響を受けたことはまちがいない。朝日町エコミュージアム協会に提供いただいた資料によると、2015年度までは年間1,000人前後で推移してきた利用者数は、2020年度には70人に落ち込んだ。ただ、2019年度にはすでに329人まで減少していたし、2023年度も231人までしか回復していないので、利用者減少の要因が新型コロナウイルス感染症の影響だけとはいえないだろう。一方で、朝日町エコミュージアムのホームページ閲覧数は、2019年度の約50万から2023年度の約80万に増加しているようなので、利用のかたちが変わってきたのかもしれない。

 そのような中でも、朝日町エコミュージアム協会は、着実な活動を続けているように思われる。住民参加の資源調査の成果であり、サテライトを紹介する小冊子『エコミュージアムの小径』は、いまなお発行が続けられ、2021年には第20集が出版されている。2021年からは、サテライトを訪ね歩くイベントの朝日町エコミュージアムサテライト散歩を、1年間に数回の頻度で開催している。エコミュージアムそのものの活動ではないかもしれないが、空気神社とその周辺のブナ林をライトアップする企画も実施され、このたびの訪問ではその幻想的な風景を目にすることができた。

 このように、朝日町エコミュージアムが活動を持続することができている要因はどこにあるのだろうか。朝日町エコミュージアム協会の理事長さんとの懇談のなかからみえてきたのは、先駆者らしく、エコミュージアムの理念がしっかり理解されていること、町の施設である創遊館にエコミュージアムルームという明確なエコミュージアムのコアがあり、朝日町エコミュージアム協会がその業務委託を受けてきたことなどにありそうである。

 朝日町エコミュージアムのように、有意義な取組はぜひ長く続けてもらいたいものであるが、そのためには、民間と行政との協働――エコミュージアムそのものがそれを目指しているとはいえるが――が重要になるのであろう。

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