湿地保全と地域ブランド化

2020年9月1日

林 健一 (中央学院大学)

私が分担研究者として参加している、学会研究プロジェクトの「地域ブランド化の手法についての研究―モノから景観・ひとへ―」(研究代表者・長野大学 古平浩准教授)の研究内容の一端を紹介していきます。

私たちの研究プロジェクトでは、景観と伝統産業に注目しています。地域の自然環境という土台の上に、人間の生活と生業という営みの歴史があり、そこから生み出される景観と伝統産業は、自然環境、人間の活動、文化の協働があって成立するものです。こうした景観と伝統産業は、各地域に独特のものとして、歴史的、社会・経済的、文化的価値を有し、地域活性化の核ともなるものです。

しかし、現代社会では、社会、経済の発展、変遷とともに、人々の生活様式が多様化し、人と自然の関係が大きく変容する中で、伝統産業の多くが衰退しています。また、人々の生活と生業との関わりの中で形成されてきた景観についても、地域の人々の関心や関係が薄れ、新たな保全・再生方法の確立が求められています。

私はプロジェクトの中で「ラムサール条約湿地と地域ブランド化」という研究テーマを主に担当していますが、景観と伝統産業を固定的なものとして保護するのではなく、地域の持続的発展を図るための核として活用しながら保存していくという「動態的保全」という視点と、「ブランド化」という手法に注目しています。

さて、地域ブランドを活用した地方創生が全国的に展開されている中で、ラムサール条約湿地をブランド化し、観光資源としての活用を期待する言説や、観光誘客のための取り組みが進められています。また、冬期湛水水田(ふゆみずたんぼ)によるブランド米づくりなど、湿地の周辺地域の農産物をブランド化していく取り組みも試行されています。

湿地と人との多様なつながりが薄れ、湿地を持続的に利用する先人の知恵が忘れさられていく中で、こうした取り組みは、地域の景観を形成する湿地への関心を高めるきっかけとなるとともに、地域経済・産業の新たな活性化手法としても期待されるところが大です。

しかし、その反面で、湿地の地域ブランド化や観光地化は、湿地とその周辺地域自体を商品化(場所の商品化)し、人々の選択の対象となり、貨幣と交換され、消費される意味を持つことになります。

このため、観光地化による地域ブランド化が、湿地の生態学的特徴と湿地の提供する生態系サービスに対して、どの様な変化をもたらすのか慎重に見極めていく必要があると、私は考えています。また、この問題を考える手掛かりは、ラムサール条約の中核概念の1つである「賢明な利用(wise use)」にあると思っています。

賢明な利用とは、湿地と湿地が提供する生態系サービスの保全と持続的な利用を意味し、人と湿地の双方の利益となるものです。プロジェクトでは様々な議論を積み重ねてきていますが、湿地、人、地域社会のあるべき関係性をさらに考究し、賢明な利用を担保する地域政策湿地を具体化していきたいと思います。

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