日本における福祉国家体制は、近代化された明治期以降現代に至るまで、様々な紆余曲折を経ながらも概ね拡大・深化してきたといえます。この福祉国家体制の拡大・深化は、ウィレンスキーの収斂理論が示すとおり、増加する人口とそれに伴う経済成長に支えられてきたと考えられます。しかしながら、2008年に日本の人口がピークを迎え、本格的な人口減少局面に突入して以降、日本のGDP水準も世界第4位に転落するなどして、福祉国家体制の拡大・深化を支えてきた前提条件が崩れつつあります。したがって、現代の日本は、福祉国家体制の維持や深化を目指すのか、それとも縮小に向かうのかという岐路に立たされているといえるでしょう。
この状況を象徴するのが地域福祉政策をめぐる近年の動きです。2000年に改正された社会福祉法では、地域福祉の担い手の主体として地域住民が明記されました。ここには人々の生活保障を、国家や市場だけでなく社会全体の多様なメカニズムを多元的に活用して実現しようという、福祉多元主義の発想がみてとれます。しかしながら、社会の近代化以降、そもそも個人や地域社会ではライフサイクル上の様々なリスクに対処することが困難になったからこそ、国家や市場メカニズムを活用した問題解決の体制が整えられてきたはずです。そうであるのに、国家や市場が失敗しているからといって、それらの失敗の是正を今さら地域社会に求めたところで、必要な福祉サービスの水準を確保できるはずもないという批判は当然あり得るでしょう。
地域福祉が理念どおりの機能を発揮すれば、社会経済規模の縮小局面においても福祉国家の実効性を確保できる可能性があります。一方で、政府が、地域福祉を隠れ蓑にして、生活課題の解決を地域住民に委ねることで財政負担の軽減を図ろうとするならば、それは福祉国家の退行を招くことにもなりかねません。
近年の日本の地域福祉をめぐる諸政策を注意深く検証し、それらが福祉国家体制の維持・深化をもたらしているのか、それとも社会経済規模の縮小と歩調をあわせるかのように縮小均衡へ向かっているのかを明らかにすることは極めてチャレンジングかつ重要な研究課題といえるでしょう。