いささか古い記憶になるが、2017年8月29日早朝、群馬県に出張中だった私は「ミサイル発射、ミサイル発射。北朝鮮からミサイルが発射された模様です。頑丈な建物や地下に避難して下さい。」というアナウンスで起こされた。2004年の国民保護法成立以降、さまざまな施策や政策を見聞していたものの、少なからず動揺した。と同時に、この情報のみでは該当地域の全ての日本語非母語話者に正確に伝わることは難しいと感じた。
言語学(あるいはコミュニケーション研究)は、人々の言語使用の実態や意味のやり取りの仕組みを明らかにする学問である。多様な言語背景を持つ住民が共存する現代社会において、その知見は地域政策の形成・実施において以下のような貢献ができるのではなかろうか。
地域には外国人生活者(労働者、及びその家族、留学生)や観光客など、多様な言語を母語とする人々が存在する。たとえば、外国人生活者が行政手続き、医療や教育などの公共サービス享受などの場面で直面する言語的障壁を明らかにすることは、効果的な多言語情報提供や通訳支援体制の整備に役立つだろう。やさしい日本語の導入(2019年7月の『地域政策について一言』で言及あり)や多言語翻訳の質向上などの形で既に施策に反映されている地域もある。このような多言語共生社会の実現への寄与が挙げられる。
次に、地域住民間の対話と相互理解を促進する政策立案に貢献できる。会話分析や談話研究などの知見は、異なる文化的背景を持つ住民同士の誤解や摩擦の要因の把握、円滑なコミュニケーションを促す教育・ワークショップの開発を可能とする。これらは地域内の連帯感や信頼関係を強化する機能を持つ。
さらに、言語は地域文化の要素であることより、方言・地域の伝統的な語彙・物語の表現方法(語り口)などは、地域のアイデンティティや歴史的背景を象徴するものと言える。言語人類学や社会言語学の知見をもとに、これらの言語資源を記録・活用することで、地域文化の継承、さらには観光資源としての活用も図ることができる。
言語学(コミュニケーション研究)の知見が地域政策に取り入れられ、多様性を尊重する地域づくり・共生と協働を支える政策策定において少しでも寄与でき、包摂性と持続可能性を兼ね備えた社会の実現につながれば幸いである。